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東京家庭裁判所 平成4年(少)4601号 決定 1992年7月02日

少年 MことN.O子(1976.10.20生)

主文

少年を初等少年院に送致する。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、東京都葛飾区○○×丁目××番×号○○1階飲食店「○○」のホステスとして稼働していたものであるが、同店の経営者であるA子(当時35歳)から少年らホステスが多額の借金を負わされ、日頃からその行動を制約され健康状態にかかわりなく売春をさせられ、種々の規則とそれに違反したときの罰金を設けたり暴行を加えたりするなどして酷使される辛い生活をさせられていたことに憤懣を募らせ、他のホステスであるB子(当時20歳)、C子(当時24歳)、D子(当時27歳)、E子(当時33歳)及びF子(当時24歳)と共謀してA子を包丁で刺して殺害することを企て

第1平成4年5月21日午後2時ころ、上記飲食店「○○」内6畳間において、A子に対し、殺意をもって、予め購入して準備した刃体の長さ約21センチメートルの柳刃包丁2丁及び刃体の長さ約18センチメートルの牛刀1丁で同女の頭部、顔面、頸部、前胸部等を多数回にわたって切り付け、突き刺すなどしてこれらの部位に多数の刺切創等の傷害を負わせ、よって、そのころ、同所において、同女を上記傷害による左外頸動脈の切断及び右内、外頸動脈切断、左内頸静脈切開により失血死させて殺害し

第2業務その他正当な理由による場合でないのに、上記日時、場所において、上記柳刃包丁2丁及び牛刀1丁を携帯し

たものである。

(法令の適用)

上記第1の事実について刑法60条、199条

上記第2の事実について同法60条、銃砲刀剣類所持等取締法32条3号、22条

(処遇の理由)

1  本件は、被害者の経営するクラブでホステスとして稼働していたタイ人である少年ら6名が、下記のような被害者の日頃からの仕打ちに憤懣を募らせ、被害者を殺害することを事前に共謀して敢行したものである。

(略)

本件犯行は、上記のとおり、犯行に至る経緯において、少年らホステスに対して苛酷かつ人間性を軽視する振舞を繰り返した被害者の責めに帰すべき事由があり、少年らに同情に値する点があるというべきであるけれども、その犯行の態様は計画的かつ残忍で、結果は重大であるうえ、少年は、包丁で被害者の頸部を多数回にわたって突き刺したり、最後の後頸部へのとどめの刺突行為を行ったりするなど、共犯者のなかで最も多数回の執拗な殺害行為を行って被害者の死因となった創傷を直接生じさせたものであって、年少であることによる判断力の未熟さ、犯行の計画及び実行段階でいずれもB子から指示され、共犯者相互の行動に影響された点を斟酌しても、また、他の共犯者との比較から考えても、少年の責任は誠に重いといわなければならない。

2 少年は、出身国でゴム園を経営する父母の末子で、12歳の時に小学校を卒業し、しばらく家業の手伝いをしていたが、14歳の時にバンコクに住む異父姉の所に遊びに行った際、売春婦である同女のもとにとどまって共同で生活するようになり、同女に勧められるままにソープランドで3ないし4か月にわたって売春をしていた。父母は、少年が売春をしていることを知っていたが、これをやめさせなかった。少年は、同じアパートに住んでいた者から、日本ではもっと金が稼げるなどと誘われ、親への仕送りをしたいことと、処女を失った代償に金を稼ぐことを目的として、売春することを承知のうえで来日することにし、出国の審査を受けたが、日本への入国許可を得ないまま平成4年1月16日ころブローカーを介して不法入国し、間もなく○○で働くようになった。なお、少年のパスポートは真正なものである。

少年は、性格や資質に大きな偏りは見られない。明るく開放的であり、人付き合いを好み、小学校時代は友人を作るのが上手であった。協調性や我慢強さもある。冷酷、無感動であるわけではなく、反社会的な構えは見られない。しかし、その判断力はいまだ十分でなく、一旦決意したことを善悪をよく考えないで実行したり、客観的な判断や慎重さを欠いた行動に出たりする傾向がある。本件犯行については、少年の精神的な未熟さや、当時の閉ざされた生活の下で、被害者から有形無形の抑圧を被って心身ともに疲労し視野が狭まっていたこと、また共犯者相互の影響があったことは否定できず、特殊な状況の下での犯行という側面もたしかにあるけれども、少年の行動は、人を殺すという重大な事態に対する躊躇よりも、皆で決めたことをその通り実行するという姿勢が強く、決意したことをそのまま行動に移すとか、その場の雰囲気にあわせて同調的に振舞いやすいという傾向が見られる。規範を遵守することを重視せず、是非善悪の判断が不十分なままに無批判または同調的な行動をするような形での再非行に陥るおそれが強いと認あられる。また、少年は、売春に対しても、悪いことと知りつつ、自分で決めたことだからするという態度をとってきており、調査、審判の過程では売春をやめると述べてはいるものの、これまでに受けた教育の程度や、生活の状況などからみて、性に関する健全な考え方が乏しいままで成長するおそれがある。

少年は、捜査段階及び調査官による調査の段階でも、審判廷でも、本件犯行を深く悔悟し、反省していることが認められるが、いまだ事態の重大さに当惑しており、内的な混乱や精神的動揺は大きい。

3 したがって、以上に述べた本件の動機、態様、結果の重大さ、少年の資質、性格上の問題点などを総合して考えると、出身国及び日本における非行歴が認められないこと、犯行に至る経緯において被害者に責めに帰すべき事由があること、少年が深い反省を披瀝していること及び付添人の意見書に指摘されたもののうち記録上認められるその他の事情などを十分斟酌しても、この際、少年に対し、施設内で系統的な矯正教育を実施して、本件非行に対する社会的評価を明らかにしてこれを深く自覚させるとともに、精神的な動揺を静め、罪を償うという意味でその罪障感を浄化し、その心情を安定させ、かつ、自他の生命を尊重する精神を培い、ともすると物事の良し悪しを十分考えずに行動しがちである点などを矯正して再犯を防止するための教育を実施することが必要かつ相当である。その矯正施設は、少年の年齢、成熟度、教育程度等を考えると初等少年院が適当である。また、本件非行の重大性や、少年の問題点などを考えると、少年の場合は、問題性に応じた処遇課程に分類し集団生活の中で短期集中的な処遇を行う現行の一般短期処遇課程になじむとはいえず、個別的な教育を行うことができる長期処遇の課程によるのが相当であると認められる。

少年にはわが国に定住する意思がなく、日本と出身国との文化、価値観の違いや、言語面での困難などがあるため、現在の時点では、わが国での矯正教育の効果を必ずしも十分に予測し、見極めにくい面もあろうかと思われる。しかし、一般的に言って、保護処分の決定とその執行は刑事政策の一環であり、社会、公共の安全の維持という機能をも考慮しつつ行われなければならないものであって、本件もその例外ではない。しかも、少年に対しては、生命の尊厳を教えて人命尊重の観念を養うとともに、性に関する正確な知識を持たせ、女性として心身の健全な成長を図り、その問題点を改善して再犯を防止する教育がまず必要であると考えられるところ、このような教育を実施することは、将来いずれの国で生活するにあたっても基本的に重要なことであり、日本における矯正教育を受けさせることが相当でないとはいえないし、出身国で小学校程度の教育しか受けておらず、いまだ人格の未熟さが目立つことをも併せ考えると、ことにそのような教育を行うべき必要性が高い。これに加えて、少年の資質、性格には偏りが少なく、知的な興味が高く物事に意欲的に取り組む姿勢が見られるところから、指導次第でかなりの程度の処遇効果を上げることが可能であると考えられるのであって、矯正可能性があると認められる。福祉的措置その他の措置に委ねるよりも少年院で矯正教育を実施するのが相当であり、保護相当性が認められることも上記のところから明らかである。

よって、少年を初等少年院に送致することとし、少年法24条1項3号、少年審判規則37条1項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 五十嵐常之)

平成4年少第4601号

処遇意見書

送致先少年院長 殿

少年 MことN・0 1976年10月20日生

決定年月日 平成4年7月2日

決定主文 少年を初等少年院に送致する。

意見 少年については、以下の点に配慮しながら教育を実施されるよう希望します。

1 少年の矯正教育においては、<1>人命尊重の観念を涵養すること。<2>性教育を実施すること。

2 少年の心情の安定を図り、その出身国の文化、価値観を念頭に置き、仮退院又は退院後の出身国での生活への適応困難をできるだけ生じさせないような配慮をすること。そのため、在院中は、出身国の保護者との通信にはできる限り便宜を与え、在日タイ王国大使館や、出身国に関係のある団体などの社会資源の活用や、出身国の出版物等の活用を図るなどの措置を執ること。

3 十分な人数の通訳人を委嘱するほか、矯正教育を施すのに必要な日本語をできるだけ習得させること。

4 集団的な処遇よりも個別的な処遇に重点を置き、できるだけ弾力的かつ機動的な対応を図りながら矯正教育を実施すること。

以上

平成4年7月2日

東京家庭裁判所

裁判官 五十嵐常之

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